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ラストとは?/ ディック

[ 448] ラストエンペラー - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%BC

この映画のサウンドトラック盤についてはラストエンペラー (サウンドトラック)をご覧ください。
清朝最後の皇帝で後に満州国皇帝となった愛新覚羅溥儀の生涯を描いた歴史映画。溥儀の自伝である『わが半生』を原作としてベルナルド・ベルトルッチが監督、脚本を兼任した。メインキャストである溥儀役は、中国系アメリカ人俳優のジョン・ローンが演じた。
西太后による溥儀に対する皇帝指名と崩御を描く1908年からスタートし、所々に第二次世界大戦後の中華人民共和国での戦犯収容所での尋問場面を挟みつつ、満州国の皇帝になり、満州国の崩壊後に一市民として死去する1967年までの出来事をメインに溥儀の人生を描く。
中国大陸を舞台にした映画であるが、中国系アメリカ人俳優が主なキャストを占めており、主な台詞は英語であったり(ついでに言えば日本人も中国人に対し英語を話しているという不自然さが目立つ)、独自の脚色も多い。また、他にも中華人民共和国で何本か同じテーマの作品が作られた上、当時はまだ外国映画が広く観られていなかったこともあり、映画の舞台となった中華人民共和国での知名度は低い。
紫禁城で世界初のロケーションを行われたことが公開前から大きな話題を呼んだ。観光名所として一日5万人が訪れる紫禁城を、中華人民共和国政府の全面協力により数週間貸し切って撮影が行われた。色彩感覚豊かなベルトルッチの映像美は圧巻の一語に尽きると高い評価を受けた。特に紫禁城太和殿での即位式の荘厳、華麗なシーンは映画史に残る有名なシーンとなった。
特に日本においては、溥儀や満州国という日本人にとって非常に近い題材を描いた内容であったことで幅広い年齢層を引きつけたことと、甘粕正彦役兼音楽プロデューサーとして参加した坂本龍一が、日本人として初めてアカデミー賞作曲賞を受賞したことなど、様々な要因が大ヒットに繋がった。
なお、日本での劇場公開に際しては、溥儀が南京大虐殺の映像を見せられるシーンを、配給元がベルトルッチ監督に無断でカットした。そのため、ベルトルッチ監督から抗議され、後にそのシーンを復活させている。
1950年。第二次世界大戦の終結による満州国の崩壊と国共内戦の終結により、共産主義国である中華人民共和国の一都市となったハルピン駅。5年間にわたるソビエト連邦での抑留を解かれ送還された中国人戦犯達がごった返す中で、列から外れた一人の男が洗面所で自殺を試みる。男は危うく一命を取り留めるものの、薄れ行く意識の中で幼い日々の頃を思い出していた。この男こそ清朝最後の皇帝、ラスト・エンペラー宣統帝・愛新覚羅溥儀その人であった。
裕仁天皇はキャストにクレジットされているものの、公開されたものには登場シーンはない。長尺版がテレビ放送される際、来日した溥儀を迎える後ろ姿のみ登場するといわれていたが、実際には放送されなかった。
甘粕正彦役には、当初映画監督の大島渚を予定していたが断られた。そのため、既に音楽担当に決まっていた坂本龍一が代役をつとめることになった。
この他、映画監督の陳凱歌が紫禁城の近衛隊長役(ただしセリフは全て吹き替え)、溥儀が収監されていた当時の戦犯収容所長だった金源が、溥儀に特赦通知を渡す共産党幹部役で出演している。

 

[ 449] ラストサムライ - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4

ハリウッド映画ながら、日本を舞台に日本人と武士道を偏見なく描こうとした意欲作で、多数の日本人俳優が起用されたことも話題を呼ぶ。その中でも「勝元」役を演じた渡辺謙は、ゴールデングローブ賞・ならびにアカデミー助演男優賞にノミネートされた(いずれも受賞にはいたらず)。
主なロケ地は姫路市にある古刹、書寫山圓教寺。戦闘場面や村のシーンなどはニュージーランドで、街中のシーンはハリウッドのスタジオで撮影された。このほか、冒頭で10秒ほどであるが、佐世保市の九十九島の遠景が使われている。
トム・クルーズが演じる主人公ネイサン・オールグレンのモデルは、江戸幕府のフランス軍事顧問団として来日し、榎本武揚率いる旧幕府軍に参加して箱館戦争(戊辰戦争(1868年 - 1869年))を戦ったジュール・ブリュネ。物語のモデルとなった史実には、西郷隆盛らが明治新政府に対して蜂起した西南戦争(1877年)や、熊本の不平士族が明治政府の近代軍隊に日本の伝統的な刀剣のみで戦いを挑んだ神風連の乱(1876年)が考えられる。
この映画で、オールグレンが勝元(渡辺謙)の息子である信忠(小山田真)の村へ迎え入れられた後のシーンでは、日本の武士道の良い側面ばかりを描く傾向が見られたため、真珠湾攻撃を舞台にした映画パール・ハーバーを引き合いに出し、この点だけで前者はよい映画で後者は悪い映画とする者も一部に存在した。しかし、仇であるはずのオールグレンとたか(小雪)のキスシーンなどは、その時代の日本人女性の貞操観念を愚弄するものであると見ることも出来る。ただ、当時の日本人は接吻ような風習こそはないが、夜這いは日常行為であった。この映画は、外国人主導で作られたこれまでの海外映画に見受けられるような、日本人に対する偏見や誤認識や無知とは一線を画す作品であることは間違いないであろう。これについては渡辺謙や真田広之らが、俳優という枠に縛られず、日本人から見ておかしいと思えるシーンについては納得がいくまで、スタッフや監督たちと議論を詰めていたことが要因として挙げられる。
また、内容が「ケビン・コスナー監督の『ダンス・ウィズ・ウルブズ』に酷似している」という見方がある。これは、侵略する立場とされる立場の狭間に立つ者が主人公という構図と、主人公の独白でストーリーが進むという演出法が共通するためである。しかし本作品は、日本の明治維新を舞台に武士道を描く事による、21世紀初頭の実用主義や利己主義(の拡大)へのレジスタンスと見ることができる。オールグレンは、勝元の最期の言葉「お前は名誉を取り戻した」に救われる。
主人公、ネイサン・オールグレン大尉は南北戦争の銃の名手であり英雄だった。しかし、戦争とは名ばかりで先住民の女子供まで「銃」で虐殺していくのを目の当たりにし、自責の念に苛まれ酒びたりの日々を送っていた。そこへ、日本の明治新政府の大村大臣(モデルは大村益次郎?)に軍の近代化を図る上で指導してもらいたいという要請により、死に場所を求める様にして日本に渡る。
すると、反政府の侍集団による鉄道襲撃を阻止するべくまだ不十分な状態のまま反撃に向かうものの返り討ちにあう。ネイサンは捕らえられ、侍集団の集落へと連行される。そこで捕虜として過ごしていくうちに武士道というものを肌で実感することになる。
撮影のためにトム・クルーズが書写山に来日した際、近隣の蕎麦屋にトムがサイン色紙を送った。しかしその後日深夜、その蕎麦屋に空き巣が入り、サインが盗まれるという事件が起こった。犯人は未だに捕まっていない。
戦闘シーンの苛烈さや、一部に介錯シーンなどを含むため、アメリカ公開時はR指定となっている。(日本では全年齢指定)
DVDのリリースに当たっては、日本語吹き替え音声部分にボイスオーバー方式を採用している。これは、時にトム・クルーズやティモシー・スポールが日本語のセリフを話したり、逆に日本人役者が英語で話したりするシーンなどが入り混じる映画であることを反映しての判断である。
本作品においては、勝元は英語も話せる立場である事がキーとなっている。オーディションが行なわれた時点では、渡辺謙は英語が満足に話せなかった。そのため渡辺は、オーディションに合格してから英会話を特訓した。その甲斐あって、現在では英会話に関しては通訳無しで意思疎通ができるレベルに到達し、それ以降の作品(『SAYURI』や『硫黄島からの手紙』など)でも英語力を生かした演技をこなしている。なお、真田広之は撮影開始時点ですでに英語が話せた事を生かし、演出面で日本人から見ておかしく感じる部分が無いかといった微細な部分に関して、ほとんどの撮影現場に立会って意見を述べ、結果的にスーパーバイザー的役割もこなしている。
配役のうち、「寡黙なサムライ」である福本清三の起用に関しては、コーディネーターである奈良橋陽子の推薦によるところが大きい。
里の武士たち・政府軍の兵士たちを務めるエキストラはすべて、オーディションで集められた日本人である(エキストラを務めた者の記すブログに拠れば、政府軍を演じたグループが別のシーンでは里の武士を演じる事もあったという)。当初、製作陣はこれらエキストラの起用に関して、兵器の取り扱いに慣れている韓国人や日系アメリカ人などを使うことを考えていたようだが、トム・クルーズらの反対によって、日本から500名ほどの若者がニュージーランドに集められ、軍隊さながらの練成教育が行なわれたという[1]。
劇中で描かれる兵器の改良(先込め式の銃から後込め式銃・ガトリング砲)に関しては、年号としては正確ではない。しかし、兵器がこの順番で改良されていったことに関しては事実である。
劇中、明らかに時代考証から外れた上に描写が誤った、漫画的な忍者軍団が登場する。これについては日本人スタッフが難色を示したものの、監督はじめアメリカ人スタッフの「間違っているのは解っているが、どうしてもニンジャを撮りたい」という要望でそのまま残っている。
この映画の音楽担当はハンス・ジマーで、彼にとってはこの『ラストサムライ』が担当したサントラのちょうど100作目。
スティーヴン・セガールはトム・クルーズをミスキャストだと批判し、「俺は日本で育ち、格闘技を習い、師範の肩書きを得た。彼らは異性愛者だか同性愛者だかもわからない157センチのチビを使って、『ラストサムライ』を撮った。奴は日本に行ったことすらなかったんだ。奴は日本語も喋れやしない。刀を抜いたこともない。でも、彼がラストサムライにさせられたのさ」と述べた[2]。
クライマックスのシーンでトム・クルーズの乗る馬に股間を蹴られるエキストラが映りこんでる。このことは「トリビアの泉」で紹介された。

 

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